オルタナ右翼の図解

オルタナ右翼の諸々を図解してくれという話があったので、やってみた。絵心がないので見た目は今ひとつですが…。クリックすると大きくなる。

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特に説明は不要だと思うが、トランプがオルタナ右翼の領域からはみ出しているのは、そもそも彼が首尾一貫した「保守」だとは私には思えないからである(元は民主党員だったのだし)。あと、共和党主流派はCuckservativeと揶揄されることが多いのだが、CuckというのはCuckoldのことで、ようするにコキュ、寝取られ亭主という意味である(カッコウに由来する)。主流派はリベラルにすり寄りすぎの、いわば保守主義をリベラルに寝取られた情けない男のようなもの、寝取られ右翼、という意味なのだが、このへんの発想にもなんとなくミソジニーが感じられる。

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読書用定規の話

私は読書が趣味で、だいたい一日一冊くらいのペースで読んでいるのだが、元来集中力に欠ける人間なので、読んでいる途中にふっと別のことを考えてしまい、話の流れを見失ってしまうことがよくある。読み落としも多い。

ずっとこれで困っていたのだが、去年くらいから何かを行に当てながら読むというのを始めて、これがなかなか悪くないことに気づいた。今読んでいる行にしおりや定規を当てて読むと、集中が途切れてもちゃんと戻ってこられるし、読むスピードも上がったように思われるのである。まあ気分の問題かもしれませんが。

行に当てるものは、透明でないほうがよい(下が透けるといよいよ気が散るので)。で、最近まで手元にあったアルミの定規を使っていたのだが、先日この用途にぴったりな定規を二つ見つけた。

モチモノ 滑らない 定規 ピタットルーラー 15cm オレンジ

ひとつはピタットルーラーと称するもので、アルミとアクリル、二枚の板をシリコンゴムでつないだ構造になっている。横から見ると山型になっていて若干浮いているので、そのままだと滑るのだが、上から押さえるとゴム部分が下に沈んで接地し動かなくなる。ようするに、滑って欲しいときには滑るし、滑って欲しくないときには滑らないのである。

固定するには押さえなければならないし、若干厚みがあるのでしおり代わりにするにはやや不向きだが、卓上で使う読書用定規としては非常に素晴らしい。というか、上から押さえると少し定規の板がせり出して幅が広がるわけで、輪郭が動いてしまい、実は狙ったところに正確な線を引く定規としては全く使い物にならんのであるが、読書用としては当てるところは別にアバウトでよいので問題にならないのである。

クツワ HiLiNE アルミ定規 XS15BK 15cm ブラック

もう一つはクツワの定規で、定規そのものが黒くて目立つのと、薄いのに加えて表面がざらざらしていて滑りが良いので、しおり代わりに本に挟んでおくのに適している。持ち運び用に良い。

定規のくせに「スパッ!と切り取る。」というのが最大の売りになっている謎の製品なのだが、縁に角度が付けてあるので、実際紙を当てて引くと確かに感動的なまでに切れる。例えば、飛行機に乗るとSkyMallとか通販雑誌が置いてあって、読むと妙に物欲が刺激されることもあるわけですが、雑誌自体を持ち帰るのも馬鹿げているような気がするじゃないですか。そういうとき、私はこの定規で切り取ってノートに貼り付けている。スマホで写真を撮ればいいじゃんという話もありますが、それだと大体撮ったこと自体を忘れてしまうので…。

オルタナ右翼とゲーマーゲートの関係

以前の記事でも書いたが、オルタナ右翼ことalt-rightに統一されたイデオロギーは存在しない。移民反対など、個々の政策でだいたい方向性が一致しているものはいくつかあるが、むしろ彼らが共有しているのは、ある種の「気分」のようなものだと思う。その気分とはようするに、「自分たちは不当に迫害されている」という思い、悪く言えばある種の被害妄想である。白人あるいは西洋の文化が多文化主義のリベラルによって脅かされている、と思う人はアイデンティタリアニズムを支持し、理性を愛する知的な人々が有象無象の愚民どもに抑圧されていると思う人は新反動主義に奔る。政治や文化、メディアにおいてこうした様々な「迫害」の武器となっているのがポリティカル・コレクトネスで、ゆえに彼らはこれを極めて敵視するわけだ。また、ポリティカル・コレクトネスをものともせずに公の場で好き放題言い続け、それでも大統領候補にまでなったドナルド・トランプは、その点で、あるいはその点でのみ、彼らの英雄なのである。さらに、一応被害妄想扱いはしたけれど、そこに一片の真実が含まれていないわけでもないということが、事態をいよいよややこしいものとしている。

ところで、オルタナ右翼関係のウェブサイトや掲示板などを見ていると、かなりの頻度で女性に対して極めて侮蔑的な言説を目にすることになる(例を挙げようかと思ったが、おそらく多くの人が不愉快になるので止める)。このような、女性蔑視ないし女性嫌悪の性向のことをミソジニー(misogyny)と呼び、オルタナ右翼の一つの特徴とされている。

なぜオルタナ右翼とミソジニー、反フェミニズムが結びついたかというと、少なくとも部分的にはオルタナ右翼の由来が関係している(もう一つ別の経路もあるがそれは別稿で)。実はオルタナ右翼には、(異論もあるが)前史が存在する。それが、ゲーマーゲート(GamerGate)と呼ばれる事件だ。

ゲーマーゲートの経緯に関しては日本語で書かれた文献がすでにいくつかある。ほぼ中立的な立場からは例えば4Gamer.netの記事があり、ゲーマーゲートに肯定的な立場の記事としてはこの記事、批判的な立場の記事としては(はてな匿名ダイアリーだが)この記事がある。どれも一読をお勧めする。また、ReationalWikiには詳細な年表がある。年表を見ると分かるが、とにかく短期間にいろいろなことが起こった事件で、非常にややこしい。

私なりに大ざっぱにまとめると、一応の発端は2013年に遡る。ゾーイ・クインという女性のゲーム開発者が自作のゲームを発表し、そのゲームは大手のゲーム批評メディアで好意的に取り上げられた。ところがしばらく経った2014年8月、クインの元ボーイフレンドであるイーロン・ジョニ(Eron Gjoni)という人物がブログで彼女の私信等を暴露し、クインのゲームが好意的な批評を得たのは、彼女とKotakuなど大手ゲーム批評メディアの記者の何人かが性的関係を持っていたからだ、と主張したのである(後から出てきた話を総合すれば、関係を持っていたのは事実だが、それで提灯記事を書いたという事実はないようだ。ちなみにこのKotakuは、ピーター・ティールが支援したハルク・ホーガンの訴訟で有名になったGawker Mediaの系列である)。これを受け、IRC(Internet Relay Chat)や日本の2ちゃんねるに影響を受けてアメリカで設立された匿名掲示板サイトの4chanではクインを糾弾する書き込みが激増し、しまいには彼女のSNSやSkype、Dropbox等のアカウントがクラックされたり、住所や電話番号、居場所などのプライベートな情報が晒されたり(このような個人情報の晒し上げ攻撃のことを文書(doc)にちなんでドクシング(doxing)と呼ぶ)、はては殺害予告やレイプ脅迫がされるというところまで事態はエスカレートした。

クインは大手のゲームメーカーに所属しているわけではない、いわゆるインディーズのゲーム開発者で、別に件のゲームが大ヒットした、というわけでもないようだし、きっかけとなった出来事自体は、率直に言って、だから何だという程度の話ではある。攻撃への参加者としてはそれなりに言い分もあるのかもしれないが、オンライン・ハラスメントが激化したのは、結局クインが女性だったから、というのは否定できないと思う。

ただ、事態がエスカレートしていく過程で、例えば、ゲーム批評メディアの記者がクインのようなゲーム作者のクラウドファンディングに出資していたとか、あるいはゲーム関係の有力記者(ゲーム業界へ転職した元記者も含む)が多数参加する業界横断的なメーリングリスト(GameJournoPros)が存在し、この問題への対処についても内々に口裏合わせをしていた、というような、ジャーナリズム倫理的にグレーな話が暴露されていった。こうしてゲーム業界と大手のゲーム・ジャーナリズムという、ゲーム業界のエスタブリッシュメント(?)の癒着と腐敗が表面化していったわけである。後追いでいろいろ読んでいくと、個人的にはそこまで大層な話ではなかったような気がしなくもないのだが(私がゲームメディアに期待する水準が低すぎるのかもしれない)、とにかく彼らはそう思ったのだ。

あまりに個人攻撃がひどいということで、こうした手合いは4chanから叩き出されてしまい、新たに8chan(8ではなく無限マークなので、インフィニティチャンと読む)というサイトを立ち上げたのだが、このこともまた、4chanですら管理人がエスタブリッシュメントと結託しているという陰謀論につながった。アメリカではこの手の「陰謀」には、ウォーターゲート事件にちなんで○○ゲートという名前が付けられることが多い。このころになるとゲーム以外の大手メディアや著名人等もTwitterなどで取り上げるようになっていたが、ご多分に漏れず今回の騒動にも「ゲーマーゲート」との名が与えられて定着することになった。

さらに、ある意味絶好のタイミングで新たなターゲットが登場した。それがアニタ・サーキージアンである。この人はフェミニストのメディア批評家で、ゲームにおける女性の描かれ方のパターンをフェミニズム的な視点から分析する動画のシリーズ「ヴィデオゲームにおける比喩対女性(Tropes vs. Women in Video Games)」を展開していた。彼女のプロジェクトは2012年から始まっているので、厳密には「新たな」ターゲットというわけではないのだが、たまたまクインの話題が沸騰していた時期に新エピソードを公開したので、まさにガソリンタンクを背負って火事場に飛び込むようなことになってしまった。

サーキージアンの動画は、最初の2つは日本語字幕付きで見られる(他も英語の字幕はある)ので、視聴をお勧めする。

例えば第1回の動画の冒頭では、スターフォックスアドベンチャーというゲームが取り上げられる。原案ではクリスタルという女性の主人公がモンスターと戦って世界を救うゲームだったのが、実際にリリースされたゲームではクリスタルは無力な捕虜であり、男性の主人公に救出されるのを待つだけの、セクシーな衣装を着た「囚われの姫君」(damsel in distress)に過ぎなくなっている。このように、ゲームにおける女性の描き方の典型的なパターンには、女性の役割の固定化や性的欲望の対象化という形で女性差別が埋め込まれていて、さらにそうした女性観がゲームで遊ぶことで再生産されていくのだ、云々、といったものである。

私はフェミニズムに詳しくないのだが、一口にフェミニズムと言ってもいろいろあるらしく、サーキージアンはラディカル・フェミニズムというグループに属するらしい。サーキージアンのような主張は、ゲームに限らず、例えばアニメやマンガ等の表現規制に関する議論でもよく見られるように思うが、ラディカル・フェミニズムは、ポルノグラフィなどの性的表現は女性を人格のある人間ではなく、性的欲望の対象としての単なる記号的なモノとして捉える(sexual objectification)ため、それが社会的差別や女性蔑視の再生産につながるという立場に立ち、表現規制に関して特に強硬な主張をすることで知られる一派のようである。個人的には、これはかなり根拠があやふやな話のように思われるのだが、サーキージアンは、これをゲームに応用したのだろう。いずれにせよ、サーキージアンもクイン同様に激しいオンライン・ハラスメントの対象となり、大学での講演が乱射予告で中止になったり、FBIが出動する騒ぎともなった。

以上がゲーマーゲート事件のあらましだが、では、これがどうオルタナ右翼と結びつくのか。

正直言って、私が見たところ、海外の多くのメディアのalt-right関連の記事では、マイロ・ヤノプルス(Milo Yiannopoulos)という人がゲーマーゲートとオルタナ右翼の両方で活躍しているので、なんとなく両者を関連づけている、ということが多いように思う。ヤノプルスはオルタナ右翼の代表的メディアの一つ、Breitbartでライターをやっていた人物で、ゲーマーゲートでは先ほど述べたゲーム・ジャーナリストらの裏メーリングリスト疑惑を暴くなど積極的に活動して有名になった。最近ではトランプ応援団を自認し、映画「ゴーストバスターズ」のキャストの一人である黒人女優のレズリー・ジョーンズに人種差別的、ミソジニー的ツイートを連発してTwitterを追い出されるなど、オルタナ右翼のスポークスマンというか、全身オルタナ右翼という感じで華々しく活躍(?)している。

しかし別にヤノプルスだけがオルタナ右翼というわけではないので、もう少し細かく見る必要がある。まず話の前提として、そもそもゲーマーゲート参加者が全員オルタナ右翼になったわけではない。ゲーマーゲートに関する書籍を執筆中のジャーナリスト、ブラッド・グラスゴーが行った調査によれば、多くのゲーマーゲート参加者は自分をリベラルだと考えている。オバマに投票した人が多く、死刑反対、公的社会保険賛成など政策的にもリベラル志向が強い。ゲーマー、イコール、オルタナ右翼、というような単純な図式ではないのである。

一方で、ヤノプルスのようにゲーマーゲートからオルタナ右翼へ流れた人も相当数いると考えられる。なぜそうなったかと言えば、一つは冒頭で述べた「気分」の問題だ。ゲーマーゲート以前から、ゲームを巡る状況は少しずつ変化していた。ゲームはサブカルチャーから完全にメインストリームとなり、世界的な一大産業となった。注目度も、動く金も、かつてとは桁違いである。さらにGameSparkの記事にもあるように、かつては男性が圧倒的多数を占めていたゲーマーも、近年では多くの国で男女ほぼ半々となっている。クインのように、ゲーム業界の開発者や管理職にも女性が増えてきているようだ。

このような構造的変化を背景に、それまで主に若い男性をターゲットに作られてきた、男性中心的なゲームに対する女性からの不満の声が少しずつ大きくなってきた。そうした声に応え、Mass Effectのように同一人物でありながら主人公の性別を変更できるようにしたゲームなど様々な試みが行われたが、今度は男性ゲーマーのほうに漠然とした不満がたまってきていた。

暴力とエロスはゲームに限らずアンダーグラウンドなサブカルの定番で、魅力の根源とも言える。しかしゲーム業界が主要産業として確立されて社会的地位が向上していくに従い、様々な形で「健全化」が図られるようになった。このとき理論的支柱となったのがラディカル・フェミニズムで、その尖兵が例えばサーキージアンだ。これは旧来のゲーマーからすれば、これまでのゲームの良さ、(男性主体の)ゲーマーの価値観、アイデンティティが危機にさらされている、ということになり、さらには男性が、極端なフェミニストとそれに結託したメディアによって迫害されている、という「気分」へとつながる。クインやサーキージアンの事件は、こうした「気分」にそれなりの根拠を与えた。そしてこの「気分」こそが、オルタナ右翼へのラジカライゼーションに道を開いたのだ。

言い換えれば、ゲーマーゲート参加者は、元々最近のゲーム業界のあり方を巡って漠然とした不満があったわけだが、彼らはゲーマーゲートに参加することで、初めてラディカル・フェミニズムという具体的な「敵」とそれがもたらす「問題」を発見したのである。ラディカル・フェミニズムをメディアが結託して支持し、ポリティカル・コレクトネスを錦の御旗に掲げ、適当なことを言って自分たちの好きなゲームをおとしめ、ゲームにおける表現の自由を抑圧しようとしている。そうした「敵」に対抗するための手段、理論的支柱として、一部のゲーマーゲーターは、アイデンティタリアニズムのようなオルタナ右翼の思想を見いだしたのである。逆に言えば、思想としては数年前から存在していたが、ある程度以上の広がりのある支持層を持たなかったオルタナ右翼の思想は、ゲーマーゲートの中にその一つを得たのだった。また、ゲーマーゲートは、ソーシャル・メディアにおけるミームの拡散やオンライン・ハラスメントによって「敵」を右往左往させるという成功を収め、参加者にある種の成功体験を提供した。こうしたオンラインの情報戦で優位を握るノウハウは、オルタナ右翼、ひいてはトランプ陣営のメディア戦略にも受け継がれていると言えるのである。

Happy Hacking Keyboardを気分良く持ち歩く

先日、ノマドワーク用品と言うか、出張など出先である程度まとまった時間仕事をする際に持っていくものについてブログに書いた。あの中ではキーボードとしてロジクールのK810が良いと書いたのだが、最近はまたHappy Hacking Keyboard Professional JPを持ち出すようになっている。

LOGICOOL Bluetooth イルミネートキーボード K810

PFU Happy Hacking Keyboard Professional JP 日本語配列 墨 USBキーボード 静電容量無接点 Nキーロールオーバー ブラック PD-KB420B

K810は極めて優れたBlueToothキーボードなのだが(前の記事を書いた当時はどこも品切れだったが最近また入荷したみたいだし)、純粋にキーボードとして見ると静電容量無接点方式のコトコトという快適なタッチには及ばない。私は普段家で東プレ Realforce 91を使っているのでなおさらである。

東プレ キーボード Realforce91UDK-G テンキーレス日本語配列カナなし USB 静電容量無接点方式 DIPスイッチ機能付 昇華印刷墨モデル ALL45g荷重 別色ASDWキー付属 ブラック NG02B0

あとまあ、私は貧乏性でして、せっかく大枚はたいて買ったHHKBがすでにあるのに使わないのはもったいないという気分もある。そのくせHHKB BTが出たときには飛びつきかけたのだが、Type-S相当ではないのが気になってどうにか踏みとどまった。でもType-SのBlueTooth版が出たらもう我慢できないと思う。

Happy Hacking Keyboard Professional BT 日本語配列/墨 PD-KB620B

PFU Happy Hacking Keyboard Professional JP Type-S 白(日本語配列)

HHKBを持ち運ぶ場合、3点考えなければならないことがある。一つはminiUSBをどうするかということ、もう一つはAndroidタブレットでどう使うかということ、そして最後にケースだ。

まず、HHKBのインターフェースは、今時(やや)珍しいminiUSBである。私はmicroUSBのケーブルならいつも持ち歩いているので、microUSBメス→miniUSBオスの変換アダプタが欲しいわけだ。別にもう一本ケーブル持ってもいいんですがね。

miniUSBメス→microUSBオスのアダプタなら割とあるのだが、逆は意外と珍しい。一応Amazon.co.jpだと変換名人というのがあるのだが、妙に大きい(というか長い)のが気になる。

変換名人 microUSB(メス) → miniUSB(オス) 変換アダプタ USBMCB-M5A

で、どうしたものかねと思っていたのだが、ひょんなことからサンワサプライが出しているKU-M05MCMBBKという巻き取り式USBケーブルに、非常に小さなmicroUSB→miniUSB変換アダプタが付属していることを知った。これは充電専用ではなくデータ通信も対応なので、当然HHKBにも使える。白バージョンもあるので、白いアダプタが欲しい人にもちょうど良いのではないか。ケーブル本体は全く使っていませんが…。

サンワサプライ microUSB+ミニUSB巻き取りケーブル ブラック KU-M05MCMBBK

次に、Androidタブレットないしスマホとの接続である。タブレット/スマホ側はmicroUSBメスなので、今度はmicroUSBオス→miniUSBオスが欲しいわけだ。最近はスマホが普及したおかげでmicroUSBオス→microUSBオスのケーブルもあるのだが、私の場合はmicroUSBオス→USBメスを用意して、それとUSBオス→microUSBオス→先述のminiUSBアダプタをつなげばよいということになる。

サンワサプライ USBホスト変換アダプタケーブルMicroBオス-Aメス 0.1m AD-USB18

言葉で書くとなんだかややこしいが実は大した話ではない。これでちゃんと入力できた。ちなみに日本語入力はスペースキーのすぐ右側のキー(回転矢印みたいな刻印)で切り替えられる。

最後はケースである。最近の電子機器はそれなりに丈夫なので、別に剥き出しでカバンに突っ込んでも良いとは思うのだが、擦り傷は付きそうでなんとなく気になる。

一応純正のオプションでスマートケースというのがあるのだが、どうもサイズが微妙らしく、あまり良い評判を聞かない。ちなみに私はなぜかキーボードトランクも持っているのだが(再販されたのね…)、これはこれでカッコイイケースではあるけれども、さすがに持ち出す気にはなれない。HHKBの寸法は11cm×29.4cm(×厚み4cm)なのだが、15cm×35cmくらいのサイズのクッションケースみたいなのが意外と無いのですね。

で、結局いろいろと物色した結果、今のところ私は無印良品のオーガニックコットン巾着・小というのを使っている。幅はともかく長さはほぼぴったりで、しかも安いのが良い。店舗限定と書かれているが、とりあえず吉祥寺の丸井にはあった。とにかくさっと出してさっと戻せるのがよい。

ただ、無印の巾着はただの布でクッション性は全く無いので、そのへんが気になる人は、カメララップにくるむという手もある。私の場合たまたま家に使っていないTENBAのメッセンジャーラップがあったので、試しにくるんでみたら悪くない感じだった。

【アマゾンオリジナル】 TENBA バッグアクセサリー MESSENGER WRAP-16inch(41cm) オリーブ ETM-83506

サイズは16インチ(40cmくらい)四方あれば十分ではないかと思う。

ステッドラー テキストサーファーゲル

ステッドラー 固形蛍光マーカー テキストサーファーゲル 264-S PB5  5色セット

前にも書いたが、私はフェルトペン(サインペンとかああいうの)が紙とこすれてたてるキュッキュというような音(というか感触)が非常に嫌いである。耐えがたい。

仕方ないのでできるだけフェルトペンは避けて暮らしているのだが、今まで避けようにも避けられなかったのがラインマーカー(蛍光ペン)だ。本や論文のプリントアウトに蛍光ペンで線を引くのが好きなのですが、大体蛍光ペンというのはペン先がフェルトなのですね。

先日ひょんなことからフェルトペンではない蛍光ペンがあるということを知って、試しに買ってみた。それがこのステッドラーのテキストサーファーゲルというやつで、「固形蛍光マーカー」と銘打っている。確かに固形で見た目はクレヨンみたいなものである。使った感触としてはスティックのりに近く、あの感覚でぬるぬると線が引ける(というか塗れる)。使うとクレヨン同様だんだん削れていくのだが、ペンの後ろをひねると中身が繰り出されてくるあたりもスティックのり風である(そのせいでキャップがペンの後ろに差せない)。

Amazonのレビューを見ても評価が真っ二つに分かれているが、それは分からんでもないというか、使う人を選ぶ製品だと思う。何せ先端が丸い上にかなり太いので、狙ったところに正確に線を引くには相当な熟練が必要(というかほぼ無理)である。そのあたりで頭に来た人がいるのだろうが、多少はみ出たりするのには目をつぶり、大ざっぱに、細かいことは気にせず、気宇壮大な心持ちで色を付けるならば気にならない。裏移りもにじみもない。そして、何と言ってもぬるぬるした感触がたまらん。

ステッドラー 固形蛍光マーカー テキストサーファーゲル イエロー シュリンクタイプ 264-1

ちなみに、イエロー、オレンジ、ピンク、グリーン、ブルーと5色あるのだが、イエロー(と、ある程度はグリーン)以外の色は相当量がはがれ落ちることが多々あり、そういうダマ(?)のようなものが反対側のページに移ったりしてどうも今ひとつである。イエローはそういうことが少なく、おまけに発色がこれぞ蛍光イエローでございという感じの派手な鮮やかさで新鮮だ。私は5色セットを買ったのだが、結局イエローしか使っていない。ということで、イエローだけは別格というか、心からおすすめいたします。

新反動主義の興味深い事例―ジャスティン・タニー

ホワイトハウスがWe the Peopleというオンライン請願サイトを運営していることは、日本でもよく知られている。2014年3月、ここに奇妙な請願が投稿された。すでにWe the Peopleのサイトでは見られないが、9TO5Googleに請願文が載っているので訳すと、

我々はオバマ政権に以下を請願します:
全ての米連邦施政権を技術産業へ移すこと。

オバマ大統領殿、

閣下に最大の尊敬の念を抱く者です。アメリカは偉大な国であり、あなたはその現状に秩序をもたらそうと身を粉にして働いてきました。しかし私は、あなたが勝てない戦いを戦っているように思い、憂えております。ワシントンの体制は何年もかけて無能となり、もはや今後直面する困難な問題に対処することができません。私は、今こそ平和的な変化の時だと考えます。

私は、以下に関して国民投票を行うことを求めます。

  1. 全ての政府職員を(年金を満額付与した上で)引退させること。
  2. 施政権を技術業界に移すこと。
  3. エリック・シュミットをアメリカ合衆国のCEOに任命すること。

今こそアメリカ合衆国の現体制を穏便に歴史から退場させ、アメリカにとって最善のことをすべきです。技術業界は我々に良い統治を提供することができ、さらなるアメリカの衰退を防ぐことができます。

—ジャスティン・タニー
2014年3月19日

この話は私がよく読む英ガーディアン紙の記事にもなっていたので、当時目にしたことがあるはずなのだが、全く覚えていない。というか、当時読んだとしても、ちょっと頭のおかしい人の単発の奇行と見なしたと思う(結局大した賛同票は集められず立ち消えになったし)。しかし新反動主義についていろいろ調べた後だと、これは(まあ頭がおかしいことには変わりないかもしれないが)それなりのロジックというか背景がある行動だということが分かってくる。民主主義と政府の否定。施政権(立法・行政・司法)をテクノロジー企業へ。そして当時GoogleのCEOだったエリック・シュミットを「王」に据えること。どこかで聞いた話でしょう。

この請願を投稿したのはジャスティン・タニーという女性(トランスジェンダー)で、「ウォール街を占拠せよ」(オキュパイ・ウォールストリート)運動の創始者の一人らしい。オキュパイ・ウォールストリートのTwitterアカウントやウェブサイトも彼女が設置し、管理していたようだ。現在はGoogleのソフトウェアエンジニアだそうである。タニーは元はアナーキストないしリバタリアンのようで、アメリカのエスタブリッシュメントへの反感に突き動かされているようだ。でもグーグルは信用しているのね。

日本ではオキュパイ・ウォールストリートは基本的に左派の運動だと思われていたと思うのだが、実際にはリベラルからリバタリアンまで様々なバックグラウンドを持つ人が参加していた。米大統領予備選でヒラリー・クリントンと戦い、予想外に善戦したものの敗れたバーニー・サンダース上院議員の支持者にも、オキュパイ・ウォールストリートの参加者は多くいる。サンダースの支持者も、十把一絡げに左翼とくくられることが多いと思うのだが、実際にはタニーのような潜在的なオルタナ右翼が結構混じっているのではないだろうか。「根はリベラルだからトランプに流れるはずがない」と言う人もいるけれども、タニーの例などを見ると、両者の距離は案外短いのではないかと思えなくもないのである。

面白いのは、新反動主義を含めたオルタナ右翼を貫く一つの軸はミソジニー(女性嫌悪)だと思うのだが、この人は性転換して男性から女性になったにも関わらず、このミソジニーの面が最も露骨に出たゲーマーゲート(Gamergate)事件にも積極的に参加してネット荒らし(トロル)をやっていたのである(The Daily Dotの記事)。ゲーマーゲートやオルタナ右翼の女性嫌悪全般に関しては長い話になるので別に書きたいのだが、一つ言えるのは、オルタナ右翼のミソジニーは日本でよく語られるアニオタが多くてどうこうというような牧歌的なレベルではなく、もっとねじくれた、非常に病的なものだということである。これが実におもしろい!

新反動主義のおもしろさ

このところneoreactionismに興味を持っている。ネオリベラリズムは新自由主義、ネオコンサバティズムは新保守主義と訳されるので、ネオリアクションニズムは新反動主義とでも訳すべきか。略してNRxと書かれることもある。

最近、新反動主義を含むこの種のネトウヨ的思想がアメリカで流行り始めているようで、まとめてAlt-right(オルタナロックならぬオルタナ右翼とでも称すべきか)と称するのだが、この関係の人脈が米共和党の大統領候補になったドナルド・トランプの陣営にまで潜り込んでいる。そのせいもあり、トランプやヒラリー・クリントンの演説でもAlt-rightが大まじめに語られるようになった。少し前まではごく少数の変人だけが興味を持つフリンジ(異端)に過ぎなかったのが、メインストリームのメディアにも取り上げられるようになったわけで、これは大出世と言えよう。率直に言えば、ポリティカル・コレクトネスやラジカル・フェミニズムにうんざりした連中がそれなりの数存在する、ということの反映でもあるように思う。

元々の反動主義は、素晴らしい(と多くの場合空想/妄想された)過去の「黄金時代」への逆行ということで、フランス革命を否定して王政復古したいとか、共産主義革命を否定して君主制に戻りたいとか、あるいは戦後の日本を否定して戦前の日本に戻りたいとか、その手の政治的立場のことを指すが、新反動主義が否定するのはフランス革命以来培われてきたリベラルな民主主義そのものである。ではどこへ戻りたいかというと、これが封建主義(feudalism)なのですね。今さら封建主義と言われても具体的なイメージが湧かないと思うが、ようは弱肉強食の強者による支配(これを自然秩序(Natural order)と称する)である。

当然、封建主義のどこが素晴らしいんだという疑問が湧くと思うのだが、これに対しては、例えばアメリカの現状を見ろ、治安の悪化、移民増加による失業や産業の破壊、環境破壊、拡大するばかりの格差、国家債務の爆発的増大、人種対立などを見れば、今より昔のほうが優れていないとは言えないではないか、と強弁する(この現状認識自体どうかしているようにも思われるわけだが、少なからぬ人々に共有されているらしい)。昔へ戻ると言うと、なんだか中世の不衛生でばたばた伝染病で死ぬような社会を思い浮かべるわけだが、新反動主義ではテクノロジーや資本主義を否定するわけではない(むしろ技術決定論的というか、技術信仰に近い)という点には注意が必要だ。

ちなみに昔は強者である領主やら軍閥やらは領土を持っていたわけだが、今だとようするに強者イコール富者、それも遺産を相続したとかではなく、自分の能力でのし上がった人に意思決定を委ねたい、ということのようである。「イーロン・マスクを我らの王に!」みたいな話ですよ。

このあたりですでに正気の沙汰ではないと思う人も多いと思うが、私がこの話に興味を持ったのは、新反動主義者の少なからぬ人数が元リバタリアンであり、シリコンバレーを闊歩する技術者や起業家、ベンチャーキャピタリストの類にもそれなりに信奉者がいるらしい(そして、これから増えていく可能性がある)ということである。議論も、LessWrongやRedditのようなサイバーリバタリアンかぶれが集まる掲示板で主に行われている。

自由と民主はセットのように思い込みがちだが、実のところ、元々リバタリアニズムには民主主義否定の要素があった。宗教や伝統を排して経済的自由と個人的自由を追求するのがリバタリアニズムだが、民主主義は宗教やらと同様衆愚による自由追求への制約と見なされるわけである。歴史上、共産主義に幻滅した人が転向してファシストやらネオコンやらになるということはよくあったわけだが、民主主義に絶望した自由主義者が新反動主義者になるわけだ。

最近何かと話題のピーター・ティールは、2009年に「私は、自由と民主が両立するとはもはや思わない」と書いた。ティールは元Googleのエンジニアであるパトリ・フリードマン(「自由のためのメカニズム」を書いたデヴィッドの息子、経済学者ミルトンの孫)と組んで、Seasteading(海上入植)というのを主導しているが、これは民主主義的な体制の下でリバタリアン的な政策が通る可能性は無いので、じゃあ新しく海の上かどこかにリバタリアンのお友達だけが住む国を作ればいいんじゃないの、という話である。現在の国家は大きすぎるので、都市くらいの単位の小国家がいくつか出来て、その間で様々な制度を試して住民獲得競争をすればよい、という考え方が背後にある。こうした発想がこじれて変な方向に向かったのが新反動主義と言えそうだ。

更に、自分の自由追求と他人の自由追求(の手助け)というのは直接的には関係ないわけで、ここにレイシズムが付けいる余地がある。いわゆるAlt-rightは白人至上主義と関連づけられて語られることが多いのだが、私の印象では、新反動主義は白人は白人だから優れている式のトートロジカルなレイシズムではなくて、能力・知能差別に力点を置いている。そもそもそれはどうなんだという議論もあるだろうし、結局白人やアジア人よりも黒人やヒスパニックは知能が低いから差別されて当然みたいな遺伝学もどきの優生思想に落ち込んでしまうのでしょうもない話なのだが、しかしある意味でこちらのほうが素朴な宗教的・歴史的白人至上主義よりも悪質と言える。というのも、人種差別は優等とされた人種以外に支持を広げるということはあり得ない(し、どのみち白人は減りつつある)が、能力差別であれば技術者等にはそれなりになじみが良く、根強い支持があり、世界に広がる可能性があるからである。IQによる選別という形ならシンガポールなどですでに取り込まれているし、おそらく中国のような社会でも親和性のある考え方なのではないか。

新反動主義の論客(?)としては、とりあえず以下に挙げる二人を押さえておけばよいように思う。

  • Mencius Moldbug

新反動主義の名付け親と目されるのがブロガーのメンシウス・モールドバグである。これはペンネームで、本名はカーティス・ヤーヴィンと言う。Menciusは孟子のことだが、関係はあまり無さそうだ。

この人は2007年ごろからUnqualified Reservationsというブログで新反動主義についてやたらと長い記事をいっぱい書いた人で、正直私にしても全ては読み切れていないのだが、まあ上で書いたようなことが延々と述べられているのである。

ちなみにヤーヴィンの本業はシリコンバレー在住のソフトウェア・エンジニアで、Urbitというオープンソース・ソフトウェアを開発し、Tlonというスタートアップをやっている。これにもピーター・ティールが出資しているのだが、ヤーヴィンが関数型プログラミング言語のカンファレンスに呼ばれたところ、彼の特にレイシズムに関する主張を嫌う他の講師がボイコットするということもあったらしい。Haskell使いのはしくれとして、私もなんだかなあと思うわけですが…。ちなみにこのもめ事で主催者側を擁護したのが誰あろう、エリック・レイモンドですよ。

  • Nick Land

ニック・ランドは元々ジョルジュ・バタイユなどを研究していた英ワーウィック大学の哲学講師だったらしいのだが、現在は大学を辞して中国・上海に移住し、元の教え子たちを含む信奉者と出版社(?)をやっているようだ。彼が自分のブログに書いたDark Enlightenmentという一連の文章が新反動主義界隈では有名で、Dark EnlightenmentとNeoreactionismを同一視する人もいる。これがまたやたら長く、書き方も学術論文というよりはある種のエッセイというか、どう考えても全部読んだ奴がいるとは思えない散漫な代物ではある。個人的な好みで言えば、そもそも「暗黒啓蒙」とか中学生くらいが名付けそうなセンスでこっ恥ずかしいのではあるが…。

私が新反動主義がおもしろいと思うのは、反権威主義、能力主義、自由至上主義などといった道具立ての大半が、昔からあるテクノユートピア的な発想というか、ハッカー思想を生んだカリフォルニアン・イデオロギー的なものとそんなに遠くないように思われるからである。カリフォルニアン・イデオロギーをばらばらに分解して組み立て直したら、なんだか変な異形のものになったという気がする。北朝鮮のような収容所国家がマルクスの資本(論)の「利子」だとすれば、新反動主義はカリフォルニアン・イデオロギーの不出来な息子と言えなくもない。