中身の入れられるクリップボードは案外便利

SAUNDERS(サンダース) SlimMate STORAGE CLIPBOARD (ORANGE)

雑多な書類を持ち運ぶ必要があり、かつ出先で(場合によっては立ったまま)若干の書き物をしなければならないのだが、ただし机はない、という状況にたまに出くわすのですが、そういうときに便利なものはないかなあと思っていたら、こんなものを見つけた。

ようは中身が入れられるクリップボードに過ぎないのだが、これが意外と便利なのである。ジャンルとしてはstorage clipboardと言うらしい。チープなプラスチック製だがそのぶん軽い。コシが無いトートバッグ等に書類を直に入れた場合、くたっとなってしまって必要なときにさっと掴めなかったりするのだが、これを入れておくと壁に立てかけることもできる。別にクリップに挟まなくとも、FIELD NOTESのような表紙が柔らかいメモ帳等の下敷きとしても使える。カラーバリエーションも黒を始めとしてそれなりにある。

私が買ったのはLOFTで見つけたDexasとかいう会社のSlimcaseという製品で、Dexasというのは主にキッチン用品を扱っているメーカーのようだが、こういうものも作っているらしい。きょうび大概のものはAmazon.co.jpで買えるのだが、Dexasのはなぜか扱いがない。SaundersというメーカーのSlimMateという似たようなものなら扱いがあるが、Dexasの2倍以上高いのである(Dexasのは1000円くらい)。別に2倍品質が良いということはないというか、基本的に同じもののように見えるのですが…。

アメリカ版測量野帳としてのFIELD NOTES

FIELD NOTES 3-PACKS (A)方眼 [FB001]

海外のEDC(Every Day Carry、常時携行品)見せびらかしサイトを見ると、FIELD NOTESと書かれた小さなメモ帳を持ち歩いている人が多い。あれはなんだろうと不思議に思っていたのだが、日本でも売られているのを目にしたので買ってみた。日本ではハイタイドが代理店のようだ。3パックで約1300円、すなわち1冊(48ページ)で400円くらいと、なかなか強気の値付けである。

ようするに海外というかアメリカ版の測量野帳だが(FIELD NOTES=野帳だし)、大昔からある野帳と違い、2007年からとのことで比較的新しいブランドのようだ。アメリカ国内製であるというのも売りの一つらしい。野帳と違って表紙は固くなく、サイズも一回り小さい。方眼以外に横罫や無地もある。

モレスキンのように、表紙をめくると持ち主の名前や連絡先、落とし物を拾った人への礼金の有無などを書く欄がある。モレスキンのように、万年筆やローラーボールで書くとやや裏抜けする(それもあって筆記具はバインダーボールがぴったり)。モレスキンのように、表紙やディテールだけ変えた限定版を多く出して稼いでいる。ということで、野帳というよりはホッチキス留めのモレスキンというのが個人的な印象です。

立って書くという機能からすれば野帳に遠く及ばないが(アメリカ人は掌がでかいからこれでも良いのだろう)、ポケットには入れやすいし、何と言ってもデザインが出色で、全体がFuturaフォントでまとめられていてかっこいい。質で勝って魅力で負けるという典型的なパターンだが、こういうセンスが日本の大手文具メーカーにあればねえ…。

Omas 360 ローラーボール

あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。

自分へのクリスマスプレゼント、というわけでもないのだが、今は亡きオマス社ローラーボール(水性ボールペン)のデッドストックが安く売られていたので、思わず買ってしまった。Omas 360という比較的新しいシリーズで、2012年頃の製造らしい。人間工学に基づいたと称する正三角形というかおむすび型の軸が特徴だが、個人的には軸の形よりも重量の軽さが気に入った。元来軽い書き味のローラーボールを軽い軸でさらさらと紙上に走らせる快感は何物にも代えがたい。

オマスは2000年にルイ・ヴィトン等を擁するコングロマリットLVMHに買われたのだが、さすがにヴィトンほどは儲からなかったらしく、2007年には香港の会社、次いで2011年には中国の会社に売り飛ばされてしまい、結局2016年には倒産というか清算されて会社ごと消えてしまった。モンブランやペリカンほど世界的に有名なブランドというわけではないが、万年筆を中心にいかにもイタリアらしい独特の優美なデザインが光るメーカーだったので残念ではある。

この手のもので会社が潰れて困るのはリフィル(替え芯)だ。ローラーボールはインクがドバドバ出るので消費が激しく、リフィルの確保は死活問題である。オマスの純正リフィルはもう手に入らないようで、かつての日本代理店が公開している代替品一覧(PDF)にはモンテグラッパのリフィル(IA00RFUC)を使え、とある。私は素直なので一応言われた通りに一本買ったんですけれども、このリフィル、約1300円+送料とかするんですよ。

いくらなんでも高すぎるので他を探したのだが、ローラーボールやボールペンでは軸のメーカーは違っても実はリフィルは同じということがままあり、Omas 360(とモンテグラッパ)の場合も正体はドイツ・シュミット社のCL 8126というやつのOEMなのだった。水性ボールペンは乾きやすいので基本キャップが必須なのだが、これはCL、すなわちCapLessの名の通り1年間ふたをしなくても乾かないというなかなか優秀なリフィルである(つうか、それならそもそもキャップ要らないのでは…)。なおCL 8126 PとかP8126と呼ばれているのもあって、どちらかと言えばこちらのほうがポピュラーのようなのだが、これは短いので流用できない。Omas 360にはMezzoという小さいバージョンもあって、そちらはリフィルがP8126のようだ。

残念ながら8126もP8126も日本では手に入れにくく、Cult Pensから個人輸入でもしようかなと思っていたのだが、少し調べてみると、ペリカンのレベル5(L5)とかいうペンのリフィルがどう見ても8126である。人柱のつもりで買ってみたら、やはり8126のOEMだった。これならAmazon.co.jpや伊東屋でも簡単に手に入るのでありがたい。ちなみにAmazon.co.jpでは8126もP8126も途方もないボッタクリ価格で出品している悪徳業者しかいないので注意したほうがよい。相場はせいぜい一本数百円です。

もう一つの悩みは、軸は軽いんだが結構でかくて太いということである。最大径が16mmくらいあるので、ペリカン・スーべーレーンM1000並だ。一本差しのペンシースでも買うしかないのかねえ。

笑顔のファシズム / バートラム・グロス

笑顔のファシズム―権力の新しい顔 (上)

笑顔のファシズム―権力の新しい顔 (下)

Friendly Fascism: The New Face of Power in America (Forbidden Bookshelf) (English Edition)

マイケル・ムーアがこの本の一節をツイートで引用していたので、興味を持って読んでみたのだが、一読して驚いた。タイトルが「笑顔のファシズム」なので、今後ソフトなファシズムが流行りますよーというくらいのありがちな内容を予想していたのだが、それどころではなかった(まあそれだけの話で数百ページも書けるわけがないのだが)。1980年に書かれた本なのだが、「笑顔のファシズム」と言うべきものが広く受け入れられる素地とはどのようなもので、その担い手は誰なのか(貧乏白人だけではない)を明確に指摘していて、それが気味が悪いくらいに現在のアメリカの状況と合致している。今は時間がないのでとりあえず目次を書き抜いておくが、目次を見るだけでも面白さはだいたい分かると思うんですよ。一応邦訳は出ている(とても読みやすい訳)なのだが、とうの昔に絶版のようだ。電子書籍でもいいから再版されんもんかねえ(原著 Friendly Fascism: The New Face of Power in America ならKindle版あるけど)。


序章 憂国の警鐘

Ⅰ フレンドリー・ファシズムのルーツ

第一章 古典的ファシズムの興亡

イタリア、ドイツ、日本の場合/ファシズムの温床/枢軸国反ファシズム勢力の失敗/ファシズムの軌跡/ファシズムのイデオロギー/枢軸の崩壊/不滅の神話

第二章 新しい企業社会への出発

”自由社会”に日は沈まない/ゴールデン・インターナショナル/大企業に肩入れする政策/大企業の経営戦略/軍事優先のテクノロジー

第三章 エスタブリッシュメント、その不思議な構造

権力の城/超富豪/大企業の支配者/大統領のネットワーク/雇われ経営者たち/エスタブリッシュメントの底辺を支える人々/大物同士の争い/追放と転向/異端の洗脳

第四章 資本主義発達の副作用

充満する欲求不満/崩壊する仕事、社会、家庭/孤独と疎外/企業犯罪の汚れた構造/権威の失墜

第五章 縮小する資本主義世界

相次ぐ共産政権の誕生/忍び寄る社会主義/第三世界は要求する/緊張緩和―より冷えた冷戦/アメリカの世紀の終焉

第六章 再燃する資本主義の危険

避けられない景気の後退/潜在的失業者/ハイエナの喜び―インフレーション/階級闘争のダイナマイト/限定戦争/限りない過剰殺戮力

Ⅱ フレンドリー・ファシズムの妖怪

第七章 フレンドリー・ファシズムの論理

危機につけ込む/権力の結束/忍び寄る専制政治/すべての道は…

第八章 国際資本主義か新孤立主義か

悪夢のドミノ効果/”本当の帝国”/起こりうる結果

第九章 ”顔のない”エスタブリッシュメント

”スーパー・アメリカ株式会社”へ/大統領の正当性/姿を変える軍国主義/立ち直る急進右翼/権力の集中を支えるイデオロギー/三枚舌

第十章 フレンドリー・ファシズムの経済学

スタグフレーションの進行/金は上流に流れる/不足、欠乏、窮乏/ひろがる環境汚染/核のもたらす危険/つくられる消費

第十一章 民主主義機構の転覆

三権の統合/フレンドリー・ファシズムの連邦主義/カーニバルの効用/二大政党の対立と調和/労働組合の懐柔/ウォーターゲート事件の教訓/大統領をすげ替える/アメリカ式クーデター

第十二章 情報と人心の操作

”行進”の洗脳効果/大きな嘘ほど信じられる/イメージと現実の間/巧妙化する言論統制/世論調査という名の世論操作/テレビの偉力/監視される恐怖/「揺籠から墓場まで」の身上調書/権力を正当化するための統計操作/規格化される学生たち/教育の隔離機能

第十三章 体制受容の奨励策

知的専門職の増加/ヨブ、プロメテウス、そしてファウスト/消費者への甘い誘い/過剰サービスに振り回される/紐付きの恩典/利益配分による操作/富の甘い香り

第十四章 エスカレートするテロリズム

暴力の段階/狙い撃ちの粛清/力による対決/新しいかたちの加害行為/秘密工作/下層階級のなかでの対立/暴力と自警団

第十五章 セックス、麻薬、狂気、異教

セックス―解放から抑圧へ/麻薬信仰/狂気による狂気からの逃避/異教―服従と帰属意識

第十六章 エスタブリッシュメント予備軍

フライパンか火か/抜擢の効用/レジスタンスを骨抜きにする/新しい無関心派の登場

第十七章 決定論の神話

「ファシズムは来ない」という楽観論/「ファシズムは来る」という悲観論/奴隷状態か、人類絶滅か

Ⅲ 本当の民主主義

第十八章 まだ、始まってはいない

今日のアメリカとフレンドリー・ファシズムのアメリカ/なぜ、まだ始まっていないのか

第十九章 民主主義の展望

手垢の付いた”民主主義”/民主主義のための闘い

第二十章 民主的原理の実践

相互依存の世界秩序/エスタブリッシュメントの民主化/富の均衡を図る/社会基盤の民主化/人間解放のための情報/人間的価値観の確立/真理と理性的行動

第二十一章 あなたは何ができるか

”あなた”への問いかけ/「一匹の蟻が象を狂わせる」/高い理想と現実的な努力/よくも悪くもわが祖国

訳者あとがき

自衛のための勉強法

長谷川豊というアナウンサーが、ここしばらく派手に「ネット炎上」していた。人工透析患者の大多数は暴飲暴食の果ての自業自得なので殺してしまえ、というようなことを、乱暴な口調でおおっぴらにブログに書いたからである。

人工透析を余儀なくされる理由は不摂生だけではないし、そもそもそれなりに影響力のある人物が殺人を扇動するようなことを書くべきではない。粗雑な論であることは言を俟たない。

とはいえ、どんなにろくでもないことでも書くのはそいつの勝手だと私は思っているのだが、問題は書いた後である。当然ながら長谷川は多くの批判を浴びたわけだが(そのうちのいくつかは、極めて懇切丁寧に長谷川の主張の問題点を指摘していた。たとえばこれ)、長谷川としてはあくまで問題は書き方であって、自分の主張そのものが間違っている、ということには思いが至らないらしい。患者団体等からの抗議にも誠実に向き合っているとは言えない。

一方で、私は同情こそしないものの、ある意味長谷川は気の毒だとは思っている。というのも、結局のところ彼は変な取り巻きに変なことを吹き込まれて、それが変であることに気づけなかったからである。長谷川のバックには「医信」という若手医師のグループがあり、長谷川をいわばメガホンとして使っていたふしがある(リテラの記事)。そのくせ長谷川が炎上した後、連中は助け船も出さずに口をぬぐって逃亡したようだ。

また、長谷川ほど発信力が無いだけで、内心珍説謬見を信奉している人というのは結構いる。先日も、それなりに名のある大学の教員で、まあその人の専門分野ではなかったものの、ずいぶんおかしなことを言っている人がいて呆れたことがあった。

ところで、これらの話が真に恐ろしいのは、間違っているのは実は私のほうという可能性が常にあるということだ。私はここまでの文章で、気楽に「間違った」考え等と書いてきたが、そもそも自分が間違っているかどうかは、自分だけでは判定できないのである。

ようするに、

  • 誤った情報を学んでしまい、そのまま鵜呑みにしてしまう
  • 批判されたとき、それをきちんと咀嚼して評価することができない

というのが、長谷川的な問題の本質ではないかと思う。これはある程度の知的能力というか知的鍛錬がないと、長谷川のみならず誰もが陥る可能性がある罠である。むしろ、自分は知的で正義だと思いこんでいる、リベラルを以て任じる人のほうが落ちやすい陥穽のようにも思う。

ではどうすれば落とし穴を回避できるだけの知的能力が身につくかというと、それはもう勉強するしかないわけだ。その意味で、私は勉強は自衛の手段だと考えている。しかし間違ったことをひたすら勉強しても意味がないわけで、それなりに戦略的に学ぶ必要がある。この点について思いつくことをいくつか書いてみたい。まあ、私はこうしてるよ、という程度の話でしかありませんが。

インプット

その道の専門家になるつもりなら、本やら論文やらを手当たり次第にがんがん読むしかないだろう。しかし多くの人は何かひとこと言いたいだけで、別にその分野を究めたいわけではないだろうから(もちろん専門家でもないのに口を挟むなという考え方もできるが、それは弊害が多いと私は思う)、最低限のラインをどこへ引くかという話になると思う。

徒然草ではないが、何事にも先達はあらまほしきもので、自分に土地勘のない分野を学ぶなら、本来は指導者というか「先生」がいたほうがよい。ただ、長谷川の取り巻きの医者たちのようにそもそも先生が怪しい人だったりすることもあるので、なかなか難しい。先生がまともかどうかを見抜くことは、原理的に生徒には出来ないのである。若干疑いつつも、あるところまでは素直についていくしかないのかもしれない。先生の名前をネットで検索して評判を探る、というのも一つの手ではあるが。

そんなわけで、先生の存在を前提とせず、それでもとにかくある分野に関して何かもの申したいのあれば、一冊だけではなく、事前に最低三冊くらいはそのテーマに関する本を読んだ方が良いと私は考える。これが最低ラインである。といっても似通った主張の本をいくら読んでも仕方がないわけで、一冊はできれば教科書的なバランスの取れたものがよく、あとは自分の(現時点での)考えに近いものを一冊、そして自分の見解とは正反対の(ように見える)ものを一冊読むとよいだろう(当たり前だが、筆者はそれぞれ違うほうがよい)。レベルとしては、専門書とは言わずとも、せめて新書以上であって欲しい。薄い本でも三冊も読めば、自分が思っていたよりもこの問題は微妙でややこしそうだぞ、くらいの警戒心は芽生えるのではないかと思うのだが。

なお、「バランスの取れた教科書」というのを選ぶのが一番困難なわけだが、まあAmazon.co.jpとかで適当に検索して一番評判が良いもの、というくらいでとりあえずは良いように思う。大学生ならば、その分野に近い教員に聞けばよい。Wikipediaの該当ページも、特に日本語版の場合、記事そのものはあてにならないことが多いが、記載されている参考文献は手がかりにはなる。

熟成

こういうのはただ本を読んだだけではダメで、やはり自分の中で知識を「熟成」させる必要がある。具体的な目安として、ブログも含めて何か公の場で書きたいのならば、自分が賛成する意見はもとより、自分が反対する意見に関しても、ある程度まとまった内容として説明できる、というレベルには最低でも達していたほうがよい。味方を知り、そして敵も知らなければ、説得力のある批判も擁護もできない。また、自分と対立する意見の内在的論理をある程度理解しておかないと、批判された際にそれを適切に解釈することが出来ないとも思うのである。

こうしたスキルを身につけるには、大学のゼミでやるような、輪読→レジュメ作り→人前で口頭発表というのが本来は一番良い。また、立場を入れ替えて、場合によっては自分の意見とは異なる主張を組み立てなければいけないディベートも優れた訓練となる。日本ではディベートというと、詭弁を弄して相手を打ち負かす、というようなあまり良くないイメージがあるように思うが、本来ディベートは個人的な学びの機会だと私は考えている。

アウトプット

私自身は、賛否両論というか、支持が50%、反対が50%の文章を書きたいと常々思っている。支持100%の文章は、もちろん極めて出来が良くて非の打ち所がない、というケースもあり得るけれども、大方は、毒にも薬にもならないから批判すらされない、というケースが多い。せっかく手間暇かけて書くのだから、良きにつけ悪きにつけフィードバックが欲しいのである。実のところ私は、自分よりも賢い人にうまく論破されたいといつも思っているのだが、まあそういうマゾ的な人は少ないかもしれない。

一方、反対が100%に近いとしたら、それは自分の書いたものがおかしい可能性が高いと考えるべきである。もちろん単なる嫌がらせが大多数かもしれないし、批判が多いイコール間違っているというわけではないのだが、少なくとも自分の主張がうまく伝わっていない可能性は高い。なので、反対意見をいつにもまして精査する必要があろう。裏を返せば、思うところを書いて批判に晒されるというのは、最良の勉強法とも言えるのである。

オルタナ右翼の図解

オルタナ右翼の諸々を図解してくれという話があったので、やってみた。絵心がないので見た目は今ひとつですが…。クリックすると大きくなる。

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特に説明は不要だと思うが、トランプがオルタナ右翼の領域からはみ出しているのは、そもそも彼が首尾一貫した「保守」だとは私には思えないからである(元は民主党員だったのだし)。あと、共和党主流派はCuckservativeと揶揄されることが多いのだが、CuckというのはCuckoldのことで、ようするにコキュ、寝取られ亭主という意味である(カッコウに由来する)。主流派はリベラルにすり寄りすぎの、いわば保守主義をリベラルに寝取られた情けない男のようなもの、寝取られ右翼、という意味なのだが、このへんの発想にもなんとなくミソジニーが感じられる。

読書用定規の話

私は読書が趣味で、だいたい一日一冊くらいのペースで読んでいるのだが、元来集中力に欠ける人間なので、読んでいる途中にふっと別のことを考えてしまい、話の流れを見失ってしまうことがよくある。読み落としも多い。

ずっとこれで困っていたのだが、去年くらいから何かを行に当てながら読むというのを始めて、これがなかなか悪くないことに気づいた。今読んでいる行にしおりや定規を当てて読むと、集中が途切れてもちゃんと戻ってこられるし、読むスピードも上がったように思われるのである。まあ気分の問題かもしれませんが。

行に当てるものは、透明でないほうがよい(下が透けるといよいよ気が散るので)。で、最近まで手元にあったアルミの定規を使っていたのだが、先日この用途にぴったりな定規を二つ見つけた。

モチモノ 滑らない 定規 ピタットルーラー 15cm オレンジ

ひとつはピタットルーラーと称するもので、アルミとアクリル、二枚の板をシリコンゴムでつないだ構造になっている。横から見ると山型になっていて若干浮いているので、そのままだと滑るのだが、上から押さえるとゴム部分が下に沈んで接地し動かなくなる。ようするに、滑って欲しいときには滑るし、滑って欲しくないときには滑らないのである。

固定するには押さえなければならないし、若干厚みがあるのでしおり代わりにするにはやや不向きだが、卓上で使う読書用定規としては非常に素晴らしい。というか、上から押さえると少し定規の板がせり出して幅が広がるわけで、輪郭が動いてしまい、実は狙ったところに正確な線を引く定規としては全く使い物にならんのであるが、読書用としては当てるところは別にアバウトでよいので問題にならないのである。

クツワ HiLiNE アルミ定規 XS15BK 15cm ブラック

もう一つはクツワの定規で、定規そのものが黒くて目立つのと、薄いのに加えて表面がざらざらしていて滑りが良いので、しおり代わりに本に挟んでおくのに適している。持ち運び用に良い。

定規のくせに「スパッ!と切り取る。」というのが最大の売りになっている謎の製品なのだが、縁に角度が付けてあるので、実際紙を当てて引くと確かに感動的なまでに切れる。例えば、飛行機に乗るとSkyMallとか通販雑誌が置いてあって、読むと妙に物欲が刺激されることもあるわけですが、雑誌自体を持ち帰るのも馬鹿げているような気がするじゃないですか。そういうとき、私はこの定規で切り取ってノートに貼り付けている。スマホで写真を撮ればいいじゃんという話もありますが、それだと大体撮ったこと自体を忘れてしまうので…。